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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6837号 判決

原告(反訴被告) 松下賢次

右訴訟代理人弁護士 山川萬次郎

被告(反訴原告) 堀井啓祐

被告(反訴原告) 堀井和子

右両名訴訟代理人弁護士 名取康彦

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  被告ら(反訴原告ら)の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用については、本訴について生じたものは原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じたものは被告ら(反訴原告ら)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴

1  請求の趣旨

(一) 被告ら(反訴原告ら)は、原告(反訴被告)に対し、それぞれ四〇〇万円及びこれに対する平成四年四月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告ら(反訴原告ら)の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 主文第一項と同旨。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

二  反訴

1  請求の趣旨

(一) 原告(反訴被告)は、被告ら(反訴原告ら)に対し、八〇〇万円及びこれに対する平成四年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 主文第二項と同旨。

(二) 訴訟費用は被告ら(反訴原告ら)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴

1  本訴請求原因

(一) 原告(反訴被告。以下「原告」という。)は、被告ら(反訴原告ら。以下「被告ら」という。)に対し、平成三年一二月二五日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を左記の約定をもって売却し、被告らは共有持分割合各二分の一の割合でこれを買い受けた(以下「本件契約」という。)。

(1)売買代金総額 金八〇〇〇万円

(2)支払方法 本契約成立時に手附金として金八〇〇万円を支払い、平成四年三月三一日までに残代金七二〇〇万円を支払う。

(3)違約金 被告らが本件契約上の義務の履行をしないときは、原告は被告らに催告のうえ本件契約を解除し、違約金として売買代金の二〇パーセント相当額(金一六〇〇万円)を請求することができる。

(二) 残代金支払の約定の期日である平成四年三月三一日を経過しても残代金七二〇〇万円の支払がないことから、原告は、平成四年四月二三日到達の内容証明郵便により、被告らに対し、同郵便到達後二日以内に残代金を支払うよう催告するとともに、右催告期間内に被告らが残代金を支払わない場合には、本件契約を解除し、約定の違約金の支払を求める旨の意思表示をした。

(三) しかるに、被告らは、右催告後も残代金の支払いをしないので、本件契約は、平成四年四月二五日の経過により解除された。

(四) よって、原告は、被告らに対し、被告らの債務不履行による損害賠償請求として約定の違約金一六〇〇万円のうち受領済みの手附金八〇〇万円を控除した残金八〇〇万円につき、持分割合に応じて被告らに対し各四〇〇万円及びこれに対する支払請求日の翌日である平成四年四月二六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  本訴請求原因に対する認否

請求原因(一)及び(二)の事実は認め、その余は争う。

3  抗弁

(一) 詐欺による取消し

(1) 本件契約締結にあたって、被告らは本件建物に床の板張り工事(以下「フローリング工事」という。)をしたいと希望していたことから、平成三年一一月一六日の第一回内検の際に被告堀井和子が原告の代理人として内検に立ち会っていたその妻に対し「フローリングにしたいのですが大丈夫でしょうか。」と尋ねたところ、原告の妻は、「理事会に報告することになっていますが、現に六階にはフローリングになさっている方もいますし、問題はないと思います。理事長さんが同じ階にいて知り合いなので私からいっておきましょう。」と答えた。原告は、被告らに対し、本件契約の締結に際し、しかし、実際は、本件建物にフローリング工事を実施するには、管理組合理事会の承諾が必要であり、右承諾を得るためには階下居住者の承諾書の提出を必要とする運用(以下「本件運用」という。)が行われていたものである。原告代理人であるその妻は、かねてから本件運用を知っていたにもかかわらず、被告らに対して右工事について何らの制限もないかのような虚偽の事実を告げ、あるいは被告らの質問に対して本件運用の事実を告げず、被告らをして容易にフローリング工事ができる旨誤信させたうえ、本件契約を成立させた。

(2) 被告らは、平成四年三月二九日に原告に到達した内容証明郵便により本件契約を取り消す旨の意思表示をした。

(二) 解約手附による本件契約の解除

(1) 被告らは、原告に対し、本件契約の締結に際し、手附として八〇〇万円を交付した(以下「本件手附」という。)。

(2) 被告らは、平成四年三月二九日、原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をした。すなわち、被告らの平成四年三月二七日内容証明郵便は同月二九日に原告に到達したところ、右内容証明郵便は明示的には詐欺を理由とする売買契約の取消しに言及しているものであるが、要するにその主眼とするところは本件契約の破棄にあるから、その意味では、二次的に解約手附による解除により契約の拘束力から離脱する旨の意思表示を含むものと解すべきである。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)(1)のうち、本件運用の存在については認め、その余は否認する。

同(2)は認める。

(二) 抗弁(二)(1)は認める。

同(2)は否認する。民法五五七条が規定する解約手附による解除をする場合には、その要件事実として「手附返還請求権放棄の意思表示」が必要なことは、条文上明らかである。原告らの平成四年三月二七日付内容証明郵便には右手附放棄の意思が表示されていないから、要件事実としての「手附返還請求権放棄の意思表示」を欠くものであって、解約手附による解除の意思表示ということはできない。

二  反訴

1  反訴請求原因(詐欺による取消し)

(一) 本訴の請求原因(一)と同じ。

(二) 本訴の抗弁(一)と同じ。

(三) 本訴の抗弁(二)(1)と同じ。

(四) 被告らは、原告に対し、平成四年三月二九日、詐欺による本件契約取消しの意思表示の際に併せて原告に対して交付済み本件手附八〇〇万円の返還を請求した。

(五) よって、被告らは、原告に対し、不当利得返還請求として八〇〇万円及びこれに対する返還請求の後である平成四年三月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求める。

2  反訴請求原因に対する認否

反訴請求原因のうち、(一)、(三)及び(四)の各事実は認め、(二)は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本訴請求原因について

請求原因(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがない。

本件契約は、双務契約たる売買であるから、履行期の先後について特段の合意のない限り、平成四年三月三一日における被告らの残代金七二〇〇万円の支払義務と原告の被告らに対する本件建物の引渡し及び所有権移転登記は同時履行の関係にあるものである。したがって、原告において、被告らの残代金支払の遅延を理由として本件契約を解除するためには、自らの負担する反対給付であるところの本件建物の引渡し及び所有権移転登記について被告らに対する提供をすることを要するものであって、右反対給付をしないでした催告に基づく解約解除は効力を生じないものである。原告は、この点について、右反対給付の提供を現実に行い、あるいは反対給付の提供を要しないような具体的事実が存在したことを何ら主張していないので、この点において、本訴請求における原告主張の請求原因事実は不完全なものというべきである。しかしながら、本件において、被告らが抗弁事実ないし反訴請求原因事実において主張するところでは、同年三月二九日に被告らから本件契約を取り消しあるいは解除する旨の内容証明郵便が原告に到達したというのであるから、原告において口頭の提供で足りあるいは提供を要しないような事情が存在する余地がある。したがって、ひとまず、この点はおいて、被告ら主張の抗弁ないし反訴請求原因事実についての判断を行うこととする(もっとも、この点については、被告らの同年三月二七日付内容証明郵便が発送されているからといって、後記認定のように、契約上定められた解約手附による解除可能期間内に右内容証明郵便が原告に到達したことによって被告らにおいて少なくとも解約手附による解除が成立しているとの認識を有していることが窺われる本件のような事情のもとにおいては、原告において契約関係が依然として存続しているとの見解に立ったうえで改めて自己の側から履行遅滞を理由とする解除を行うことにより、自己の売主としての債務の消滅を超えて、さらに買主である被告らに対して履行遅滞による損害賠償を請求しようとするのであれば、原告において催告と共に反対給付につき現実の提供を行うことを要すると解する余地があるものと思われる。しかし、当裁判所としては、後記判断のとおり、被告らの抗弁を認めるので、原告における反対給付の提供の要否については、これ以上言及しない。)。

二  抗弁及び反訴請求原因について

1  詐欺による取消しについて

(一)  証拠(甲第一、第三ないし第八号証、乙第一ないし第三号証、証人佐藤雅昭)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 平成三年六月、被告らは、不動産仲介を主たる業務とする東急リバブル株式会社の成城営業所を訪れて、同社従業員佐藤雅昭(以下「佐藤」という。)に対して、居住用建物購入の仲介を依頼したが、この際は、被告らから購入物件にフローリング工事を行う希望を有しているといった話はでなかった。被告らの希望に沿う物件を探すうち、被告らから佐藤に対して本件建物の所在する六階建集合住宅(以下「本件マンション」という。)内の売り物件を探すように依頼があったことから、東急リバブルは、原告が不動産仲介業者である株式会社スクイズに売却の仲介を依頼していた本件建物を見付けた。

(2) 平成三年一一月一六日、被告らは、本件建物の第一回内検をした。右内検には、被告らのほか、原告の代理人としての妻、被告ら側の仲介業者として東急リバブルの佐藤、原告側の仲介業者としてのスクイズの代表者金沢弘が立ち会った。右内検において、購入後の本件建物の内装に関して間取変更のための間仕切り移動の可能性等についての話題となった際に、被告堀井和子は原告の妻に対して「フローリングにしたいのですが大丈夫でしょうか。」と尋ねたところ、同人は「上の階で実際にフローリングにしている人もいるから大丈夫です。」と答えた。右会話を聞いていた佐藤は、その場で金沢に対してフローリングについて「大丈夫ですか。」と尋ねたが、金沢は「大丈夫でしょう。」と答え、その場ではフローリングについてそれ以上の話はでなかった。なお、佐藤は、この時まで、被告らがフローリングを希望していることを知らなかった。

同月二三日に被告らは本件建物の第二回の内検を行い、原告の妻、佐藤及びスクイズの担当者が立ち会ったが、その際には、被告らからフローリングについての話はでなかった。また、同年一二月二五日に本件契約を締結した際にも、被告らからフローリングについての言葉はなく、本件契約における契約書(甲第一号証)にもその点についての特約等の記載は一切ない。また、本件契約以前に、被告らは、原告の妻ないしスクイズの担当者に対しても、佐藤に対しても、フローリング工事を実施できることが本件建物購入の不可欠の前提条件である旨の発言はしていない。さらに、契約後に駐車場の引き継ぎのために被告和子が佐藤と共に原告の妻に会った際にも、フローリングについての話はでなかった。

(3) この間、佐藤は、同年一二月二〇日ころスクイズの担当者から、本件マンションの管理規約及び使用規則(甲第五、六号証)を受け取っている。右使用規則(甲第六号証)には、他の居住者に迷惑を及ぼすおそれのある専有部分の営繕工事を行うに際しては、事前に管理組合に届け出たうえその承諾を得なければならない旨の条項があるが(第五条)、フローリングについては、被告らの従前の言動が前記のようなものであり、また、スクイズの担当者からも本件マンションでは特にその点でトラブルになった例はないと聞いていたことから、佐藤は、管理組合や本件マンションの管理会社である三井不動産住宅サービス株式会社に対して直接フローリング工事の可否を確かめることをしなかった。

(4) その後、平成四年三月二〇日ころになって、被告らは本件建物に内装工事を実施する必要上、本件マンションの管理組合及び管理会社にフローリング工事についての確認をしたところ、工事実施のためには階下の居室の所有者の承諾を要することを知らされた。このため、被告らからこの点についての調査を依頼された佐藤が、三井不動産住宅サービスに問い合わせたところ、同社から送付された書類(乙第一ないし第三号証)により、管理組合の承諾には階下の居室の所有者の承諾書を要する運用が行われていることを知った。そこで、佐藤は、本件建物の階下の居室の所有者である椿原に対してフローリング工事実施についての承諾を求めたが、椿原が日頃原告の行動に不満を持っていたことなどから承諾を得ることはできなかった。佐藤は、スクイズ代表者の金沢に対してフローリング工事の実施が困難なことから約定の期日である同月三一日の残代金支払は遅れるかもしれないと述べたが、金沢は、これを承知せず、フローリング工事実施に関しての問題解決まで残代金の支払時期を延伸しようという交渉にまったく応じる姿勢を見せなかった。そこで、被告らは、やむなく詐欺を理由に本件契約を取り消す旨の内容を記載した同月二七日付内容証明郵便を、原告に対して発送し、右内容証明郵便は同月二九日に原告に到達した。

(二)  右認定の事実を前提として検討するに、被告らから原告ないしその代理人として行動していたその妻、あるいは原告側仲介業者であるスクイズに対してフローリングについての話をしたのは、平成三年一一月一六日の第一回内検の際に、被告和子が原告の妻に対して内装工事に関する間仕切りの変更等の話題のなかで「フローリングにしたいのですが大丈夫でしょうか。」と尋ねた一回だけであって、それ以後、本件契約締結の場を含めて原告の妻に会った際にはこの点については何ら言及していないものであり、本件建物へのフローリング工事実施が可能であることが本件建物購入の不可欠の前提条件であるといったことは、原告ないしその妻、スクイズに対してはもちろん、被告ら側の仲介業者である東急リバブルの担当者佐藤に対しても、明確に表明されたことはなかったものである。してみれば、被告らにおいて、本件契約前に、フローリング工事に対して本件マンションの管理組合においては工事承諾に階下の居室所有者の承諾書を要する運用が行われていること及び本件建物の階下の居室所有者である椿原の承諾を得ることが困難であることを知ることができなかったのは、被告らにおいて本件契約締結前に原告ないしスイクズ又は東急リバブルの担当者である佐藤に対してフローリング工事実施が可能であることが本件建物購入の不可欠の前提条件であることを明確に示さなかったためであり、また、佐藤においても第一回内検の際の被告和子のフローリングについての質問の真意を問いただすことをしないまま、スクイズの担当者からフローリングについての一般的説明を聞くに留めて、本件マンションの管理組合ないし管理会社である三井不動産住宅サービスに対して直接フローリングの可否を問い合わせなかったためというほかはない。

右認定のような前後の状況に照らせば、平成三年一一月一六日の第一回内検の際及びその後契約締結までの間の原告の妻の言動をもって、被告らに対する詐欺と認めることはできない。したがって、被告らが本訴における抗弁及び反訴請求原因として主張する詐欺による取消しは、理由がないものというべきである。

2  解約手附による本件契約の解除について

本件契約締結の際に被告らから原告に対して手附として八〇〇万円が交付された事実は当事者間に争いがない。

そこで、被告らの平成三年三月二七日付内容証明郵便を、解約手附による解除の意思表示と解することができるかどうかが問題となる。

原告は、解約手附による契約解除が成立するためには、手附の交付及び契約解除の意思表示だけでは足らず、要件事実として「手附返還請求権放棄の意思表示」が必要であるから、右放棄の意思表示の認められない本件では解約手附による契約解除を認める余地はないと主張する。しかし、民法五五七条一項が「買主ハ其手附ヲ放棄シ」と規定するのは、買主が解除をすれば当然に手附の返還請求権を失うという意味、言い換えれば当然に返還請求権放棄の効果を生ずるという意味であるに過ぎないのであって、契約解除の意思表示と別個に手附放棄の意思表示を要するという趣旨ではない。右は通説の認めるところであって、当裁判所もまた右見解を採用するものである。

本件においては、被告らの平成四年三月二七日付内容証明郵便(甲第四号証)は、その文面上、明示的には詐欺を理由とする売買契約の取消しに言及しているものであるが、その内容上、被告らにおいて、原告との間の本件契約を破棄し、もはや原告に対して本来的な売買債務の履行を求めない意思であることは、明らかである。そうであれば、右内容証明郵便においては、本件契約解除の意思表示が黙示的になされているものと解するのが相当というべきである。なんとなれば、本件契約に際しては手附が交付され、本件契約上平成四年三月三一日までを解約手附による解除期日として合意されていたところ右内容証明郵便が右解除期日前である同月二九日に原告に到達していることからすれば、被告らとすれば、もはや本件契約上の本来の債務の履行を原告に対して求めず、また自らも本件契約上の債務の履行を免れることを欲しており、また、被告らとすれば解約手附による本件契約解除をなし得る状況にあった以上、右内容証明郵便には黙示的に解約手附による解除の意思が含まれているものと解するのが、被告らの意思に適うものということができるからである。他方、売主である原告の側にしてみても、そもそも、同月三一日までの間は、本件契約上解約手附による解除期日として、手附による解除がされることを予想してこれに対応すべき立場にあったのであるから、上記のように解したからといって、何らの不利益もないというべきである。すなわち、原告とすれば、被告らの前記内容証明郵便を解約手附による解除の意思表示と解し、もはや本件契約上の売主としての債務の履行義務から免れたものとして対応したうえ受領済みの手附を自己の所有に最終的に帰属したものとして行動すればすむことであって、仮に被告らとの間で手附返還請求権の消滅の有無についての紛争を生じたときには、その点のみを訴訟で争えば足りるからである(現に、本件において、原告は、被告らに対する解除の意思表示後に、本件建物を第三者に代金七五〇〇万円で売却しているものであるから、被告らから受領した手附八〇〇万円と合わせると、何らの実害を被っていないばかりか、かえって本件契約における代金額八〇〇〇万円を上回る金額を本件建物により得ているものである。また、仮に、前記内容証明郵便を解除の意思表示を含むものと解さないとすれば、本件において原告主張の催告解除に当たっては反対給付につき現実の提供を要するという見解に立つときは、原告は売主買主ともに履行の提供をしないまま約定の履行期を徒過した状況下において一方的に本件建物を第三者に売却して売主としての債務の履行を不能ならしめたものとして、逆に被告らから履行不能による損害賠償を請求される危険を負うことになるが、このような結果が適当なものとは思われない。)。

以上によれば、本件契約は、被告らによる解約手附に基づく解除により、解除されたものというべきであるから、右解除の効果が生じた後に催告のうえ解除したことを理由とする原告の本訴請求は失当であり、棄却を免れない。

なお、万一、原告において、前記内容証明郵便の到達前に本件契約上の債務の履行に着手したという事情が存在したとしても、前記のとおり、本件契約上同年三月三一日までの期間が解約手附による契約解除期日として合意されている以上(売買契約書[甲第一号証]第一二条)、右期間内に到達した前記内容証明郵便により本件契約解除の効果が発生したものというべきである。すなわち、当事者間において売買契約上一定の期日までは双方解約手附による解除ができるものと定めた場合には、右期日までは双方当事者とも解約手附による契約解除をなし得る権利を留保する趣旨というべきであって、右期日前に契約当事者の一方が契約の履行に着手したとしても他方は解約手附により契約解除する権利を失わないと解すべきだからである。なんとなれば、売買契約上前記のような合意を行う趣旨は、すくなくとも約定の期日までの間はいかなる状況になっても解約手附による解除をする権利を失わないことを合意することにより、契約の拘束力を制限して右期間内における当事者の契約解除の自由を確保することにあるものというべきであるから、右約定の期間内においては当然民法五五七条二項の適用は排除されるというべきである(仮に右合意が存在するにもかかわらず当事者の一方が契約の履行に着手したときには他方はもはや解約手附による解除権を失うというのであれば、民法五五七条二項の規定と同旨であって、契約上解約手附による解除期間を定める趣旨は存在しないことになるものであるから、そのように解することは不合理である。)。

三  結論

よって、原告の本訴請求及び被告らの反訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、本訴について生じた部分につき民事訴訟法八九条、反訴について生じた部分につき同条及び同法九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三村量一)

別紙 物件目録

(一棟の建物の表示)

所 在 世田谷区弦巻一丁目六番地三

構 造 鉄筋コンクリート造スレート葺・陸屋根六階建

床面積

一階 八八〇・二四平方メートル

二階 八六〇・五九平方メートル

三階 八八一・五三平方メートル

四階 八八一・五三平方メートル

五階 六五八・九二平方メートル

六階 五六三・〇〇平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 弦巻一丁目六番三の四七 建物の番号 五〇八

種類 居宅

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 五階部分 六二・二四平方メートル

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